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がんばれ東北!みんなの想いと共に支援物資を届けています。 特集TOPへ戻る


震災後、続々と届いた各地からのの支援物資がこんなにも。
みなさんの想いをお預かりしました。

今回の震災のあと、47CLUBの出店店舗の皆様から
「何か私たちにできることはないか」「被災地のために何かしたい」
といった声が多くよせられました。
そこで、今私たちにできることの一環として、その想いを形にするべく、震災直後より続々と届けられる支援物資を47CLUBを通じ、被災地で現状一番食料が不足しているところに、福島民報社のご協力のもと確実にお届けしてまいります。 今回は消費期限が1ヶ月以上のもの、水、その他飲料、寒冷対策、保温対策に有効なものなどの制限がありながら多くの店舗にご協力いただきました。

宮城県石巻市へ支援物資を届けてきました。

2011年4月22日に、宮城県石巻市の石巻専修大学内に設置されている石巻災害復興支援協議会に全国の店舗様から寄せられた支援物資を届けてまいりました。

■宮城県石巻市への支援物資にご協力いただいた店舗(敬称略)
2011年4月22日 宮城県石巻市へ


石巻専修大学内にある石巻災害復興支援協議会の支援物資倉庫

石巻市まで6時間半、東北自動車道は地震被害の補修痕が多数あり、これが段差となり車がかなり揺れます。 石巻市内に入ると、道路はかなり混んでいます。乗用車に加え、ダンプカー、トラック、自衛隊車両、警察・消防車両がかなり多く、平時ではない事が実感させられます。
道は、津波で運ばれた土砂で茶色く、すれ違う車もほとんどが泥で汚れています。 道路わきには、運び出された土砂、家財道具が積み上げられた「壁」が延々と続いています。 そのような中でも、スーパー・コンビニ・ガソリンスタンドなど営業しているところも多く、場所によっては普段通りには程遠いにせよ生活できる経済環境が再開しつつあるようです。

しかし、少し海に近づくと、全て津波に押し流され何もありません。火災もあったようで、黒く焦げたがれきも見受けられます。そして魚の腐敗したような強烈な匂いが漂っています。石巻市の映像は、テレビで何度も放映されていますが、この匂いは伝わりません。復興に向けた動きをニュースでやっていますが、果てしなく遠い道のりだということを改めて感じました。

輸送先の石巻専修大学にはボランティアのテント村があり、キャンプ場と間違うくらいたくさんのテントが設営されていました。 すぐ近くに自衛隊の野営地もあり、多くの人が復興支援に従事していることが分かります。
石巻専修大学内にある石巻災害復興支援協議会の支援物資倉庫にお預かりした物資を搬入しました。

石巻市の人口約16万人のうち、約1万人が避難しているとのこと。事前に石巻市HPで物資がまだまだ足りないとの情報を得ていましたが、今回搬入した倉庫の物資量を見ても、やはり不足してる感は否めません。

物資搬入に際し、ご自身も被害にあわれたにもかかわらず、47CLUBが石巻に来るということで出店社の猪又屋さんが駆けつけてくれました。支援物資の一部と、新聞社と47CLUBスタッフからの応援メッセージをお渡しすると、「全国の皆さんがこんなに応援してくれている。本当にありがたい。厳しい状況ですが、頑張るしかない。やるしかないです!」と話してくれました。

ご自身も大変なはずなのに、47CLUBが来るということでわざわざ足を運び、会いに来ていただいた猪又屋さん。 このような皆さんに支えられ、47CLUBがあるんだ。このような皆さんのために、47CLUBはあるんだと思います。 47CLUBとして被災地のみなさんにできること、被害にあわれた出店社さんにできること−。

いままで以上に取り組まなければならないとの決意を新たにしました。



福島県いわき市へ支援物資を届けてきました。

2011年3月24日、無事に支援物資をいわき市中央台南小、江名小学校に届けることが
できました。ご協力ありがとうございました。

■福島県 いわき市への支援物資にご協力いただいた店舗(敬称略)

メッセージとともにたくさんの支援物資が届きました。
また、配送は「なまらうまい北海道」の松島社長様のご協力のもと4tトラックをご手配いただきました。

そして23日の朝、積荷を無事に終え、24日ご協力頂いた店舗の皆様、そして私たちみんなの想いを乗せ、福島へ出発いたしました。ご協力いただきました皆様、本当にありがとうございました。

2011年3月24日 福島県いわき市へ


江名小学校での運搬の様子。みんなで協力して運びました。

いわき市中央台南小では原発にほど近い楢葉町の住民の多くが避難しており、楢葉町役場の職員がPCを使い安否情報の整理をしていました。
同行した福島民報社員の親戚も楢葉におり、無事は確認したが現在所在不明とのことで、探してもらいましたが、数日前にこの避難所にいた形跡があるがその後不明。とのことでした。
交通状況の改善、原発の状況で、避難する方はより良い環境を求め点々と移動していると感じました。
また、時を同じくしてある会社の人が安否確認に訪れ、役場職員が「○○さんいますか?」と声をかける場面もありました(残念ながら見つかりませんでした)。帰り際のその社員の方の後ろ姿がとても寂しげでした。

避難所は、高齢の方がとても多いです(昼間なので若い人は買出しに出ていたのかもしれません)。
物資運搬に協力してくれましたが、米など重量物は「こりゃ重い〜」と笑いながらやっとのことで運んでくれました。必要なものはと聞くと「十分です。本当にありがたいです」と口々に答えます。たとえ欲しい物があっても、決して口に出さないと思います。「もっと大変な人に届けてほしい」とみんな考えていると思います。

「避難所」には物資が集約されているので、そこから周辺の自宅退避の人に、町内会単位で避難所の物資を振り分けて届けてもいるようです。
実は、道に迷い当初の目的とは別の避難所に到着、避難している人には変わりないので、物資を提供しようとしたところ、避難所を統括する人が「ウチは人数少ないんでなんとかなる。他の大きなところへまわしてほしい」と。それでも必要な物資を伺いお渡ししましたが、「こんなにたくさんいらない。本当にありがとう」と言われたりしました。

江名小では、ちょうど給水時間とかぶり、自衛隊、水道局が水を届けに来ていました。
避難所には近隣からポリタンクを持って続々と人がやってきました。
自衛隊の人は作業が終わると、私たちに「まだ荷物あるんですか?」と聞き、あるとわかると何も言わず黙々と物資を運び、運び終わると帰ってゆきました。給水にきた近隣住民も、進んで運ぶのを手伝ってくれました。

最後に避難所に運び終えたとき、避難していた一人のおじいさんが、私に向かい「ありがとう、ありがとう」と何度も合掌してお礼を言ってくれました。泣きそうになりました。

帰りにほんの少し、海沿いに出ました。
避難所は比較的安全な場所にあるので、周囲に全壊家屋等は確認できませんでしたが、海沿いは、道路陥没、がれきの山。道路には砂、砂に混じりガラスの破片。
通行できる場所なので、被害は少ないほうの場所なんでしょうが、絶句しました。

この現状は、多くの人が、さらに多くの人に伝えなければならないと思います。47CLUBは、新聞社ネットワークを通じて、これからも現地の今を伝えていきます。

今回、物資をご提供いただきました全国の47CLUB店舗の皆様、誠にありがとうございました。また、賞味期限等の関係で持っていけませんでしたが、お声がけをいただきました店舗の皆様にも重ね重ねその想いに感謝申し上げます。

被災地では、これからも長い避難生活や苦労が続きます。復旧復興にむけて、47CLUBができることを最大限に今後もやっていきたいと思います。

株式会社 47CLUB


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