匠のわざが造り出す、精魂込めた麺の数々・・
たかが麺!と笑うなかれ、確かに、麺は小麦粉と塩と、水さえあれば誰でも作れます。されど、美味しい麺が出来るには、気候風土、四季の移り変わり、気温、湿度、小麦粉の種類、小麦粉と塩の相性、そして水など・・
等様々な諸条件が重なり合ってきます。これらの諸条件をどのようにうまく繋ぎあわせていくか・・・
というプロセス。これらの諸条件の融合を匠の技は永年の経験とカンで熟知しているからこそ、“美味しい”と絶賛される麺が生まれてくるのです。
神埼そうめん 伊之助の歴史は・・・
麺づくりに適した気候風土と、伊之助さんから始まりました。
時は遡ること西暦1639年(寛永年間)のこと・・・小豆島から行脚してきた一人のお坊さんが神埼の地にたどり着いたときからこの歴史は始まるのです。
このお坊さんが路傍で、重い病いで苦しんでいたところ、たまたま通りがかった伊之助は深く同情し、「お坊さん、私の家は粗末で貧乏だが、もしよければ、案内致しましょう」といって家へ招き、医者を呼び、薬を与え日夜手厚く看病したのでした。 その甲斐あって、ほどなく病が癒えたお坊さんは、伊之助の誠意に心から感謝し、お礼として、手延べそうめんの製法を伝授したのでした。
伊之助は、“これこそ神埼の気候風土に合った天与の稼業”と心に決め麺づくりに精進して他にまねの出来ないそうめんを造り出したのです。これが神埼そうめんの発祥で、その主人公が伊之助さんだったのです。
神埼の歴史を遡ること二千年前・・・・!
この地では壮大なクニが創られていたのでした。
ここ神埼の地は、北に脊振山系の山々が連綿と連なり、神埼の中心に流れ込んでいる城原川、そして、南には佐賀平野が遠く彼方までと広がります。
そして、遠い昔にはこの神埼から数キロ先には豊饒な海、有明海が広がっていたと伝えられています。
この温暖な気候風土は、遠い昔から多くの山や川の恵み、大地の恵み、そして、海の恵みをもたらしてくれ、
二千年前の弥生時代には、幻の邪馬台国?・・・とも称される壮大な「クニ」創りの基盤となり、多大な貢献をしたことでしょう・・・
それから千数百年後、伊之助さんがそうめんの造り方を授かったとき、「神埼の気候風土に合った天与の稼業!」と叫んだのはまぎれもない事実と思われるのです。
先代伊之助さんの思いを伝える麺造りを・・・
この地神埼は、温暖な気候風土と麺造りに適した環境にあり、昔からそうめん作りが盛んに行われ、江戸末期には、神埼の中心を流れる城原川の上流では、小麦を挽く水車が何十基も並んでいたと伝えられています。
また、製麺業を営む工場は数十件あり、その当時の神埼そうめんは全国でも有数なそうめんの生産地でもありました。
このような 歴史の変遷を経てきた神埼そうめんですが、初代伊之助さんから伝授していただいた製法に深く感謝し、これからも伊之助さんの思いが伝わるような麺造りに邁進してまいりたいと思います。
また、永年にわたり、伊之助の製品をご愛顧いただきました皆様には、深く感謝申し上げますとともに、
今後とも末長くご愛顧いただきますようよろしくお願い申し上げます。